私は魔法学校入試課の職員だ。今年で18年目でなかなかのベテランだと自負している。これだけ長く働いていればイレギュラーはそれなりに経験しているし、今更慌てることもない。そう思っていた……◇◇ 今日は入試課の仕事の山場とも言うべき入学試験、その初日だ。私たちの仕事は説明、監視、記録の大きくわけて三つだ。「試験、始め!」 何回言ったか分からなくなるほど言ったこの言葉。それでも気を抜く訳にはいかない。いくら優秀とは言っても受験を受けに来た彼ら彼女らの年齢なんて所詮十歳かそこらでまだまだ幼い。試験会場で感じる孤独感と極度の緊張によって何をしでかすか分からない。試験官として未然に防ぐのも私たちの仕事。 そんな私たちをかいくぐって問題行動を起こした受験生はその場で退場となる。まだまだ幼い彼ら彼女には少々厳しい処置だが、規則は規則。来年以降の挑戦に期待したい。先程も言ったが麒麟児、天才、神童などと持て囃されていようと幼い子供。試験の結果は皆似たり寄ったりとなることが多い。毎年一人か二人ほど頭一つ抜けた子もいるにはいるが、それも早熟の範囲内。 真に天才と呼ばれる者になるかを今の段階で見分けることなど不可能。学校という競走の場で切磋琢磨して初めて真の才能の片鱗を見ることができる。才能とは一生をかけて磨いていくものであり、せいぜい十数年しか生きてない彼らから才を見出すのは土台無理な話。それが私の持論だ。「二次試験用意、始め!」 彼は神童と呼ばれる今回最年少のミシェル君か。とはいえ彼はまだ四歳だ。四歳はいわゆるなぜなぜ期だ。そんな時期の彼が天下の魔法学校の入学水準に達することなどまずないだろう。 あの侯爵閣下(笑)の目も息子への愛ゆえに濁ってしまったのだろうか。水準に達したとすれば幼い頃から虐待とも言うべき過剰な教育を施した可能性も……いや、あの親バカに限ってそれはないか。やはり試験の対象年齢が低すぎるのだ。これではまともに受験生を測れない。 長年の経験からこの考えもあながち間違っていないだろうと私は考えていた。だが、私はこの日……本物を見た。無論、持論が間違っているとは考えているわけではない。 私の見ている世界と彼の見ている世界が別物だった。ただそれだけの話だ。
「この世を覆う魔の力よ、全てを壊す破壊の力よ。我が手に集い、脈動せよ。」 集中……集中……僕本体はただひたすらに詠唱と魔力操作に集中しろ。足りない魔力は死ぬ気でかき集めろ。そのために4人分も人手を割いてるんだ。頼むぞ御分霊たち!失敗したら飯抜きな?「それは偉大なる星々の輝き。破壊は創造。創造は破壊。森羅万象の始まりにして終わり。闇に閉ざされし深淵を今ここに解き放たん。」 圧縮し続けろ。一度やめればおそらく暴走して制御を離れるだろう。止まるな乱すな。「今一度目覚め、我が元に現界せよ!」 まずい、これ以上は!残念だけど、今の僕じゃここら辺が限界か。「ステラ……ノヴァ。」 僕がその魔法の名を言うと同時に手のひらから指先程の大きさの漆黒の球体が放たれた。完全な状態で発動することこそ叶わなかったもののそのエネルギー量は絶大……のはず。自信がないのは師匠に止められていたからまだ撃ったことはないから。 今気付いたけど……まともな結界ないから無造作に放つのまずかったのでは?フレンドリーファイアとか気を付けてるとこ見せないと倫理的にまずい!的に当てた後も爆発させずに制御して魔力を散らしながら上にかっ飛ばす!アッ…… わぁ〜いい天気だなぁ。アハハハハ〜!さてと……ちゃんとコントロールはしてたし威力に関しては申し分ないはず。威力重視にした関係でちょっと詠唱に時間かかっちゃったけど、そこは許容範囲内だと信じたい。「試験官さん、ありがとうございました。この後って帰っていいんでしたっけ。」「…………はっ!そ、そうですね。この後、一次試験と二次試験の結果を総合的に判断して三次試験参加者を選びますので今日はこれで終了となります。後日試験通過者の方に通知をします。通知の約二週間後に行われる模擬戦形式での試験と面接試験をもって入学試験の全日程が終了いたします。」「ところで座学と実技で一次、二次と別れてるのはなんでですか?」「それは、昔カンニングや替え玉受験が横行していた時の名残りですね。二代目校長が"お前らなんか怪しい動きしたら最初の試験で切るからな!"という思いを込めてこの分け方にしたそうです。」「教えていただきありがとうございました!それでは失礼します!」 これで試験はひとまず終わりか。つっかれた〜!いやぁ〜それにしても天気悪くなりそうだったけど大丈夫みたいだね。雨
座学試験が簡単過ぎて少し焦りを感じているミシェルは実技試験に向けて入念に身体と魔力の体操をしていた。これは少しでもいい結果を残すための悪あがきだ。少しでも力強く、そして繊細に身体と魔力を動かせるように。そんなおまじないみたいなもの。でも、ずっと続けてきたことだからルーティンという意味でもなかなかバカにできないと思う。「受験番号1番から10番、前へ!的に向かって放つ魔法は各自呼ばれるまでに決めておけ!呼ばれたら試験官の合図でその魔法を構築して撃つことになるからスムーズな試験の進行のためにもよろしく頼む。」 試験官さんが十人いてそれぞれ違う人に見られながら違う的を狙うのか。これは何を測るんだろう。威力?精密性?速度?まぁ、試験で撃つ魔法は合図されてからとは言っていたが試験で撃つ魔法以外の行使に関しては特に言われてないし少し準備をしておくとしようか。 とりあえず御分霊を出しておこう。注意されたら注意された時だな。怒られたら謝って魔法を解除すれば許されるだろう。なんてったって完全実力主義の学術都市だからね。 あ、そうそう!この第三試験会場にいるのは二百人くらいらしい。何個あるのか分からない屋外訓練所がそれぞれ試験会場になっていて受験番号の前の記号で割り振られているらしい。だからそろそろ……「試験番号180番から190番前へ!」 やっとチームミシェル(ミシェルの御分霊4体を自らの周囲に配置している。)の出番か!さてさてさ〜て!的を消滅させるくらいの気持ちで頑張っちゃうぜ!どんな的をぶち抜けばいいのか。それ次第だよね。御分霊含めて5人いて今の僕にぶち抜けない物はないとは思うけどどうなることやら。 御分霊たちとの意思疎通よし!自分への各種強化魔法及び祝福よし!魔法の構築イメージよし!座学の結果のこともあるし不安材料はいっぱいあるけど実技に関しては同じ受験者と比べて飛び抜けた実力を持ってる自信あるし大丈夫……なはず!よし!「二次試験用意……始めぇ!」
(あぁ……ダメかもしれない。) 緊張でもう何が何だか分からないまま試験会場に入ったミシェル。そんな彼の前に配られた試験問題は僕にとって最悪の問題だった。 (簡単すぎる……。なんだこの低レベルな問題は!こんな問題で受験者の能力が測れるのか?受験者の中で一番高度な学習をしているであろう殿下もこれくらい余裕で解けるはずだしこの問題はどうなっている!いや、ここは実力主義の学術都市。まさか……これは最低ラインすら超えてない記念受験者を足切りするためなのでは!?) そんなわけはない。腐ってもここは世界最高峰とも言われる学術都市。いくら初等部とは言っても入学してくるのは各地域で神童と呼ばれてきた者たち。その試験内容も彼らが受けるのに相応しいものとなっている。となると誰がおかしいのか。それはもちろん大賢者ヴェルムートの魔力体であるマイクとその弟子のミシェルである。 ミシェルの肉体自体のスペックもさることながら中身の檜木の能力も高い。効率の良い勉強の仕方を知っており、学習意欲もある。そこに莫大な知識を蓄えたマイクが指導をするのだ。どうなるかは明らかである。乾いたスポンジの用に知識を取り込んでいった結果がコレだ。 これはミシェル自身に非はない。比較対象がいなかったのと、マイクが初めての教え子であるミシェルが優秀なあまり調子に乗ったせいである。「僕何かやっちゃいました?」系の主人公ではないのだ。おそらく学校に入って人と交流することでこの認識の偏りは矯正されていくことだろう。罵倒するならマイクにして欲しい。是非とも調子乗んなバカ師匠と罵って欲しい。 (ひとまず全部解き終わったか。一応後半にかけて難易度が上がっているようだが誤差の範囲だな。やはり足切り用でまともな問題は最後のみか。やはり本番は実技のようだな。アーシャにも書き間違いをしないよう言われたことだし残りの時間で見直しをするとしよう。) ◇◇ 「ふっふっふ……今年の受験者は粒ぞろいと聞くがどんな結果になることやら。今年の受験者のレベルの高さを鑑みて平均が五割になるように調整した。その結果今回の問題は歴代最難関と言っても過言じゃない。」 「校長、最終問題はさすがにやりすぎなのでは?あれはかの大賢者が提唱したものの理解できる者がいなかったという例の理論を使う必要があるんですよ?」 「なぁーにあれはた
今日が運命の日。とはいえ今日じたばたしたところで結果は良くならない。故に、極めて冷静に。かつ普段通りの行動を心掛けるべきだろう。「ミシェル様?試験の準備の方は大丈夫ですか?」「あああアーシャか。ももももちろんだとも。冷静沈着で天才なこの僕が緊張するなどあああ有り得ない。よよよゆーで満点だとも。」 これのどこに大丈夫な要素があると言うのか。ミシェルの専属メイドとして主人に全幅の信頼を寄せているアーシャといえど全く信じることができない。「かなり動揺しているご様子ですのでこちらこお茶でもお飲みになってください。」「う、うむ。助かるよ。ふぅ……落ち着いた。ありがとなアーシャ。ここここれで満点で最年少首席はかかか確実だな。」 ミシェル様、手がプルップルでございます。そろそろ落ち着いていただきたい。とはいえ今回の試験は満点を取ったところで殿下の点数次第で首席になれるか分からないという結果を第三者に託したもの。緊張するのも無理はないですかね。「動揺から立ち直れていませよミシェル様。動揺のあまりメザメドリのようになっております。いい加減落ち着いてくださいませ。」※メザメドリ:この世界におけるニワトリのような生き物。朝になると「起きろ寝坊助!起きろ寝坊助!」と鳴き続けるため住民からは嫌われている。肉と卵が美味い。「そ、そんな言うことないだろ!この僕だぞ?た、多少動揺したところで頭に入っている知識が抜け落ちるなんてことあるわけがない。つまり今回の試はパーフェクトだ!」 なにを言っているのだこのうっかり主人は。「そこを心配してはいないのです。動揺のあまり解答欄を間違えて全ズレをしてしまわないか心配なのです。」「この僕がそんな間違いするわけがないだろ!」 両手で数えきれないほどやっていたではありませんか。緊張した主様はただのポンコツみたいです。やっぱりしっかり者の私がいないとダメみたいですね。「少しは落ち着いたようですね。解答欄を間違える件に関しては試験勉強中に前科が多数ありますし、ミシェル様はおっちょこちょいなところがあるので本気で気を付けてくださいませ。それと……」「それと?」 全然気付いていないようですし、はっきり言っておきましょうか。「先程からキャラが迷子でございます。」
何点くらい取れれば首席になれるのだろうか。そもそも侯爵家の自分が首席にさせてもらえるのだろうか。僕と同じタイミングで試験を受ける王子殿下もいると聞くし、国としてはその殿下に首席を取ってもらいたいだろう。 父様もそれなりに高い地位にいるらしいしそこまであからさまな忖度はないとは思う。だがもし殿下と僕の点が僅差なら?もし僕と殿下が同点なら?いくら政治から独立した都市とは言ってもきっと学校側は僕より殿下を首席にするだろう。 となるとだ。満点を取るのは当然として、僕にできるのは殿下が一問でいいからミスをするようお祈りをすることくらいだ。この受験戦争、なかなかにクソゲーではないだろうか。願わくば試験問題の難易度が上がりますように。 殿下を抜いて首席を取ってしまえば悪目立ちするのでは?いや、勉強を頑張っている者というのは教師から気に入られるもの。首席になって殿下の取り巻きにだる絡みされたときのことはそのとき考えればいい。試験はまだ先だしね。それに優秀な生徒でいれば殿下からも目をかけていただけるだろう。政治は面倒だ。ただ、こと学内において王族の庇護と侯爵家次男の地位があれば安泰であろう。 面倒ごとは嫌いだし、王族と関わってしまえばろくなことにならないのは承知の上だ。だが、貴族にとっての学校とは勉学に励む場であると同時に伝手を作る場でもある以上やるしかない。引きこもりに必要なものは人脈なのだから。 だから一生懸命身代わりの御分霊の操作をする。まぁ先のことだから気にしたってしょうがないのだがな。そう試験はまだ先。試験まであと21時間もある。21時間……21時間!?明日じゃないか!「明日じゃねぇかぁ!」 前言撤回。全然先のことじゃなかったわ。めちゃくちゃ時間ないやんけ……。父様の用事があるだかで早めに学術都市の別邸に来ていたから良かったけど父様の用事なかったら間に合わずに詰んでたんじゃねぇか?いや、さすがに僕以外にそんな初歩的なミスをする人はうちにはいないか。「いや〜超焦った……。」